審査委員代表:智内威雄
(審査委員:川上統、小林出、武田真理、智内威雄)
アマチュア部門
大変熱量の高い名演の連続でした。我々審査員一同その情熱に驚きました。審査員控え室でも、聴衆のように演奏の喜びを語り合っていました。その熱はそのまま審査結果にも反映されました。
アマチュア部門の大賞は本来1人に与える予定だったのですが、皆さまの熱演に審査員一同感動し、3人に授与することになりました。そしてそれだけにとどまらず全ての参加者に賞を与えたいという審査員全員の思いが高まり、全ての方に特別賞が行き渡るようにしました。
プロフェッショナル部門
大変レベルが高く、1人1人の音楽性の高さ、音楽への希望の強さなどを感じました。そして素晴らしい事に、本選には全く違う6人の個性を選ぶことが出来ました。誰1人似ている演奏スタイルの方はいませんでした。
そもそも全く違う演奏スタイルの者同士を比較する事は不可能であると感じ、我々は少し変わった審査方法をとりました。他人と演奏を比較するのでは無く、その人自身が持つ個性をよく観察し、演奏でどれだけ表現出来たかという事に焦点を絞りました。個々の持つ個性についての話し合いは、回り道に思えるかもしれませんが、その反面、参加者の様々な美点を発見する事ができました。順位についても審査員全員一致の回答が出されました。このような審査が出来たことは国際国内問わずピアノコンクールの場では非常に珍しい事であり、とても誇らしいことでした。
全ての演奏に真摯に向き合ってくださった審査員の皆さまに感謝いたします。
各部門の講評
プロフェッショナル部門本選の講評
1位の高岡さんは、音楽に対する愛情と造詣の深さを元に、非常に高い精度で楽曲を演奏されていました。その演奏は、ただ精密なだけではなく、曲への愛情に満ちていました。本選のウィトゲンシュタイン編曲のシャコンヌでは、彼の持ち味を全て出し切るような渾身の演奏であり、その情熱に会場中が熱狂しました。群を抜いた優れた解釈と探究心、そして素晴らしい演奏に敬意を表し1位、そしてウィトゲンシュタイン賞を授与しました。
2位のチャイキティワッタナさんは、表現、技術面、舞台でのマナー、全てにおいて完成された舞台人であり、既に優れたコンサート・ピアニストでした。本選では少し集中力が保てなかった部分もありましたが、予選、本選通じて素晴らしい演奏を聴かせてくださいました。特に予選のスクリャービンは、繊細でありながらも非常に迫力ある演奏でした。
スクリャービン特有の内に秘めた美しさと激しさを見事な名演で披露してくださいました。今回のコンクール中で、最もピアノが響いた瞬間でした。本選でもラヴェルのピアノ協奏曲を熱演してくださいました。20代前半とまだ若く、これからの活躍が期待される逸材だと思います。2位おめでとうございます。
3位の瀬川さんは、予選から彼女の持ち味を活かした演奏を披露してくださいました。とても情熱的でグイグイと引っ張り、そして劇的な効果を演奏にふんだんに盛り込みながら、一瞬でホールをコンサート会場にかえてしまうような演奏を披露してくださいました。上位では高岡さんと並び30代という、ピアニストとしても一番エネルギーに満ちた年代です。予選に比べると本選では少し疲れが演奏に現れてしまいましたが、それでもピアニストとしての経験を活かして巧みに舞台をまとめ上げている姿は立派でした。このプロフェッショナル部門にふさわしい経験豊かな魅力的な舞台を作り上げたことが評価されました。3位おめでとうございます。
3位の早坂さんは、予選で演奏されたスクリャービンが叙情的で美しく、曲の内面から湧き上がる音楽を見事に紡ぎ出してくれました。本選は少し集中が切れてしまう部分もありましたが、立て直しもとても早く、プロの舞台でも十分通用する精神力を見せてくれました。予選同様に叙情的で幻想的な世界を描き出し、とくにサンカンを演奏した時は、その美しさに 会場中が息をのむほどでした。まだ10代と若い世代のピアニストですが、間違いなくこの世代を牽引していく優れたピアニストだと思います。そして演奏順番で直前の瀬川さんの演奏スタイルとの違いも、コンクールの見どころの1つになっていました。瀬川さんの能動的で内面の激しさを持つ美しさと、早坂さんの受動的な静けさを持つ美しさのコントラストは、多様性あるピアノ演奏にまた新たな1ページを刻みました。3位おめでとうございました。
入選の平良さんは、予選では少し硬い印象がありましたが、本戦では伸びやかで清々しい演奏を披露してくださいました。手の脱力など、体の使い方が絶妙であり見事な音をピアノから引き出していました。腕の重みをうまく活かした奏法は、ピアノが音を潰すこと無く余裕を持って鳴り響き、聞いていてもとても心地の良い演奏でした。シャコンヌなど大きめな曲を今後どのように平良さんの個性で染め上げていくかが楽しみです。入選おめでとうございます。
入選の恩田さんは、予選で聴かせていただいたゴドフスキーの練習曲が素晴らしかったです。とてもよく整理されており、左手のピアノ音楽上で最も難曲であるはずの楽曲が、あたかも簡単な曲であるかのように錯覚させられました。見事な解釈であり見事な演奏でした。本選では全体的に演奏の疲れが目立ってしまい彼女特有の理知的な表現が発揮出来なかったのが残念でしたが、今後の演奏に大いに期待しています。入選おめでとうとございます。
アマチュア部門の大賞受賞者への講評
木田さんは、卓越した技術はアマチュア部門というよりは、プロフェッショナル部門の域に達した演奏でした。アプジルの演奏は素晴らしく、この楽曲を知らなかった人でも、演奏でありアプジルの魅力に魅了されたのでは無いでしょうか。その演奏力が評価され大賞となりました。
濱川さんは、ゴドフスキーの練習曲と、アンドリーセンの楽曲を演奏してくださいました。以前よりワンハンドピアノフェスタにも参加してくださっていますが、毎回誰もが知らないような楽曲を掘り起こし、そして理知的な解釈に裏打ちされた演奏により、より多くの方に魅力を広めていらっしゃいます。その楽曲を紹介していく姿勢は、プロアマ問わず見習いたい姿勢です。その演奏と楽曲への向き合い方が評価され大賞となりました。
久本さんは、近藤浩平さんの「海辺の祈り」と「うみ」を演奏されました。まずプログラミングが素晴らしかったです。、震災後の海と、平和な海を照らし合わせ、メッセージ性の強い選曲をされていました。演奏は更に素晴らしく、音楽性はもちろんの事ですが、楽譜の読み込みも優れており、音価の正確性に始まり、楽譜の裏側にあるペダリングによる絶妙な響きのコントロールなど、左手のピアノ音楽に求められるペダル技術を存分に披露してくださいました。特にそのペダリングが評価され大賞に選ばれました。